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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(す)12号 決定

主文

本件申立を棄却する。

理由

本件異議申立の理由は、別紙書面記載のとおりである。

一記録を調査すると、恐喝被告事件の被告人築地常行に対し、昭和四六年一〇月七日、福岡高等裁判所において控訴棄却の判決が言渡され、同日、保釈許可決定がなされたこと、その保釈保証金額は、四〇万円(うち一〇万円は保証書をもつて代える)であり、うち三〇万円は同被告事件の弁護人が納付し、保証書は申立人が差し出したこと、右控訴棄却判決に対し被告人から上告の申立がなされたが、同年一一月一五日、検察官から住居の制限に違反したことを理由として保釈取消、保釈保証金没取の請求がなされたこと(当庁昭和四六年(す)第二〇一号事件)、当裁判所は、申立人および右被告事件の弁護人に対し、その旨の告知をして意見を求めたうえ、同年一二月六日、右保釈許可決定を取り消し、保釈保証金四〇万円全部を没取する決定をしたこと、以上の事実が明らかである。

そこで、本件申立の適否について判断する。

保釈保証金没取決定は、保釈保証金もしくはこれに代わる有価証券を納付し又は保証書を差し出した者に対し、その者の国に対する保釈保証金等の還付請求権を消滅させ、また、その者に対して保証書に記載された金額を国庫に納付することを命ずることを内容とする裁判であるから、これら保釈保証金の納付者らに対し、あらかじめ告知、弁解防禦の機会を与えないで保釈保証金没取決定をし、かつまた、これに対する不服の申立をも許さないとすることは、適正な手続による裁判ということはできず、憲法三一条、二九条の容認しないところであるが、保釈保証金没取決定に対し、事後に不服申立の途が認められれば、あらかじめ告知、弁解防禦の機会が与えられていなくても、上記憲法の規定に違反するものではなく、このことは、最高裁判所大法廷決定(昭和四二年(し)第七号同四三年六月一二日大法廷決定・刑集二二巻六号四六二頁)の趣旨に徴し明らかである。

ところで、保釈保証金没取決定は、その性質上、迅速処理を要請されるものであるから、右決定に先き立ち、保釈保証金等を納付し又は保証書を差し出した者に対し、その旨を告知し、弁解防禦の機会を与えることは、かえつて被告人の身柄の確保等に支障を生ずる場合があり、また、かかる事前告知の手続は法規上その履践を保障されたものではない。他面、保釈保証金没取決定は、元来、不服申立をすることができる性質の裁判であるが、最高裁判所がこれをした場合に不服申立を許す規定がないのは、最高裁判所が終審裁判所であるという制度上の制約によるものである。しかし、最高裁判所がした裁判でああつても、判決に対し刑訴法四一五条は訂正の申立を認め、また、上告棄却の決定に対し同法四一四条、三八六条二項による異議の申立が認められている(当庁昭和三〇年(す)第四七号同年二月二三日大法廷決定・刑集九巻二号三七二頁、昭和三六年(す)第一九一号同年七月五日第二小法廷決定・刑集一五巻七号一〇五一頁)。これらは、いずれも、本案事件の裁判に関するものであり、しかも、判決または決定の内容に誤りのあることを発見した場合にのみ許される訂正を求める手続であるが、右の訂正制度が認められているところからすると、終審裁判所である最高裁判所のした決定であつても、合理的理由と法律的必要性の認められるかぎり、右の訂正と同趣旨において、不服申立を許容すべきものと解するのが相当である。

前判示のとおり、事前告知の手続は、事実上その履践には困難、不都合を伴う場合があり、また、法規上もその履践が保障されていないのであるから、最高裁判所がした保釈保証金没取決定について不服申立を許容することは憲法三一条、二九条に適合するところであり、この場合の不服申立の方法は、上訴の許されない決定についての同一審級裁判所に対する不服申立手続という形式的な類似性に着目し、刑訴法四二八条の準用を認めて、異議の申立を許容するのが相当である。

これを本件についてみると、申立人は、被告人のため、保釈保証金に代わる保証書を差し出した者であり、本件保釈保証金没取決定によつて、保証書記載の一〇万円の納付を命じられた者であるから、右決定の内容に誤りがあることを理由としてなされた本件異議申立は、適法である。

二そこで、異議申立の理由につき判断する。

本件異議理由は、当裁判所がした右保釈保証金没取決定のうち、申立人が差し出した保証書による一〇万円を没取した部分について、右保証書は偽造されたものであるから、これを没取し申立人に対し一〇万円の納付を命じたのは違法であり、その取消を求める、というのである。

しかし、記録、ことに申立人作成の昭和四六年一一月二二日付意見書および弁護士清水正雄作成の同日付意見書によると、本件保証書は、申立人の妻が申立人の印鑑を押捺して作成したことが認められるが、申立人は、(1)一審裁判所の保釈許可決定に対し同一内容の保証書を差し出していたこと、(2)本件保証書が前記の事情で作成されたことを知りながら、保証の取消等の措置に出ないで、妻のした行為を承認するような行動をとつており、(3)当裁判所の求意見に対しては、金一〇万円の納付義務があることを前提としてその支払の免除を上申する内容の書面を提出していることが認められ、これらによると、本件保証書は、申立人の意思に基づかないで作成されたものとは認めがたく、仮りにそうでなくても、申立人において妻の行為を追認したと認められるので、申立人の差し出した保証書による一〇万円を含む保釈保証金四〇万円全額を没取した本件保釈保証金没取決定には誤りはない。

よつて、刑訴法四二八条二項、三項、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊 本林譲 栗本一夫)

申立人、代理人井上庸夫、同坂本佑介連名の異議申立の趣旨

最高裁判所第二小法廷昭和四六年(す)第二〇一号決定中「保釈保証金、金四〇万円は全部これを没取する」とあるを「保釈保証金、金四〇万円の内金三〇万円を没取する」と変更する。

との裁判を求める。

〔異議申立の理由〕

一、被告人築地常行の恐喝被告事件(最高裁判所昭和四六年(あ)第二三〇四号)について、最高裁判所第二小法廷は昭和四六年一二月六日昭和四六年(す)第二〇一号決定をもつて、右築地常行の保釈を取消した上、保釈保証金、四〇万円を没取すると決定した。

右金四〇万円の内金三〇万円については現金で納付されていたが、金一〇万円については、本件申立人渡辺一郎名義の保釈保証書が提出されていた。よつて本件申立人は金一〇万円の納付義務を負う結果となつた。

二、しかるに、申立人は、右保釈保証書を作成提出していない。

よつて、無効な保釈保証書に基き金、一〇万円の納付義務を負う結果になるので本申立に及ぶ。

三、最高裁判所のなした決定に対しては抗告は出来ないと解されるが、刑事訴訟法第四二八条を準用して、異議の申立は可能と考えられるので抗告に代る異議の申立をなす次第である。

四、異議申立人の調査したところによると申立人の妻が、被告人築地の関係者より強要され無断で印鑑を盗用したことが判明した。

よつて検察庁に対し、被告人築地の妻及び申立人の妻絹枝(現在離婚)が連帯して分割納付する旨の念書を提出していたが、その納付がなく、昭和五一年十一月十三日福岡地方検察庁検察官検事樋口禎志は右一〇万円の徴収命令をなし、それに基づき国は福岡地方裁判所昭和五一年(ル)第一〇一〇号をもつて電話加入権の差押をなした。

五、よつて、本件申立人の審尋等の事実取調べをなされた上、原決定を変更されるようお願い致します。

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